コロンス島(鼓浪嶼)―廈門一番の見所をのんびり散策

中国というと何を連想するでしょうか。万里の長城、兵馬俑、あるいは三国志など、数千年に及ぶ歴史を思い浮かべる人が多いと思います。

そんな中国ですが、実は西洋風の近代建築が立ち並ぶ街もあります。今回は中国とヨーロッパが融合する不思議な街、廈門(アモイ)をご紹介します。

廈門は福建省最大の街で、成田空港や関西空港からも廈門国際空港行きの直行便が就航しています。ちなみに廈門空港は日中戦争中に日本軍が建てた空港で、当時は日本領だった台北からの定期便がありました。廈門は日本とも縁の深い街なのです。

コロンス

廈門で一番の見所はコロンス島(鼓浪嶼)です。島中全てが昔の洋館という中国らしからぬ街並みは見逃せません。廈門自体が一つの島(廈門島)ですが、コロンス島はそのすぐそばに浮かぶ小さな島で、廈門市街地から渡し舟がひっきりなしに往復しています。

レンガ

アヘン戦争後の南京条約で廈門が開港されて以降英国をはじめ各国が進出し、この地にこぞって領事館を開設しました。

まずは英国領事館を見てみましょう。赤いレンガ造りのお洒落な建物です。香港の旧警察署のように、レンガ造りの英国建築は百年経っても少しも色褪せない気品があります。

次は日本領事館です。1898年に完成した、こちらもレンガ造りの荘厳な建築です。東京駅や鹿鳴館のように、当時の日本は文明開化の象徴として西洋風の建物を盛んに建設していました。そのためすっかりコロンス島の街並みに溶け込んでいます。

この他にも薄い青色の壁が可愛らしいドイツ領事館も残っており、今は改装されてレストランになっています。

さて少し歩き疲れたので休憩しましょう。島内には洋館をそのまま利用したカフェなどがたくさんあります。

廈門など中国南方では西米露というサゴ椰子とココナッツミルクを使ったデザートをよく見ます。小さい粒なのにしっかり弾力のあるサゴ椰子と上品な甘さのココナッツミルクが合わさった飽きない美味しさです。

コロンス

また島内の露店では椰子の実にストローを挿して売っており、海を見ながら椰子ジュースを飲むというリゾート気分も味わえます。さらに金銀包という中華まんや牡蠣餅という小粒の牡蠣を使った揚げ物も売っており、ヨーロッパ、東南アジア、中国の雰囲気を同時に楽しむことができます。

日本から四時間で行けるヨーロッパ、廈門。北京や上海のような大都市とは一味違う中国旅行はいかがでしょうか。まるで地中海に浮かぶ島のような街並みをのんびり散策すればあなたもきっと廈門の虜になるはずです。

廈門本島―思明北路とその周辺を散策

前項では廈門(アモイ)一の観光地コロンス島をご紹介しました。しかし廈門の魅力はまだまだあります。今回は廈門本島とその周辺をご案内します。

コロンス島行きのフェリー乗り場からほど近いところに思明北路という大通りがあります。ここも西洋風の建物が並んでいる調和のとれた美しい街並みです。建物をよく見ると二階部分が下の歩道に被さるようにせり出しており、雨に濡れずに出歩くことができます。こうした建築を騎樓と呼び、福建省や台湾、マレーシアなどでよく見られます。

中山路

※写真は廈門の中山路

これらの地域では夏の昼間に西北雨(サイパッホー)と呼ばれる激しい通り雨が降るため、歩道の屋根は本当に重宝します。

ここ思明北路は洋服店やレストラン、映画館などが並ぶ廈門の繁華街です。高級ブランド店の狭間に創業百年を誇る菓子屋などが残っており、中国らしい伝統もしっかり感じられます。

オイスター

今では廈門は国内外の多くの人を惹きつける大都市ですが、かつては多くの華僑移民を輩出する「僑郷」として知られていました。現在福建省にルーツを持つ華僑華人は世界に一千万人いるとされており、そのうちかなりの人口が廈門港から東南アジアなど方々へと旅立ちました。

そんな華僑の歴史を詳しく学べるのが廈門の華僑博物館です。廈門から英領マラヤに移住し、ゴム園経営で成功した華僑の陳嘉庚が寄付して設立された華僑博物館はとても立派で、手前の広場も綺麗に整備されています。

内部は東南アジアで肉体労働に従事し必死に生きてきた華僑一世や、その子孫が成功し繁栄した様子、また日本の華人学校である神戸中華同文学校の教科書なども展示されています。華僑華人が少し身近に感じられますね。

ちなみにここ華僑博物館をはじめ中国の国立博物館はどこも無料で見学できます。強力な政府の意外な恩恵です。

また廈門は対岸の台湾とも縁の深い街です。廈門島の東側に大嶝島(ダイトウ島)という島がありますが、ここは国共内戦の激戦地でした。1949年に国民党軍はこの島を失い台湾に撤退、勝利した共産党軍はこの島を占領し、戦勝記念公園として整備して大々的に勝利を宣伝しています。

公園では国共内戦がいかに壮絶な戦いであったかを展示していますが、戦争はすでに過去の話となり、平和な現在では公園の向かいに台湾免税公園というショッピングエリアが作られました。

国民党軍を台湾に追いやった記念すべき島ですが、今ではその台湾の製品を免税で販売する特区に生まれ変わりました。廈門旅行のついでに台湾の商品まで購入できる、一粒で二度美味しいエリアです。大嶝島は廈門本島と橋で繋がっており、市街地から直行バスが出ています。

中国、西洋、東南アジアに台湾、あらゆる文化が一つに凝縮された街、廈門。あなたもぜひこの街でお手軽世界旅行を体験してください。

金門島①―金門島は中国?台湾?内戦が続いているのに平和な島

大阪府から京都府へ入るのに手続きは要りません。電車でもバスでも、歩いてでも自由に出入りできます。ところが福建省廈門市から同じ福建省の金門島に入るにはビザとパスポートが必要です。どういうことでしょう?

パスポート 金門島は廈門から目に見える位置に浮かぶ小さな島ですが、現在この島を統治しているのは中国政府ではなく台湾政府なのです。今の台湾政府とは、かつて全中国を統治していた中華民国政府です。しかし内戦の結果中華人民共和国が成立し、もとの中華民国政府は台湾に撤退しました。この時、金門島は新しい政府に占領されることなくもとの中華民国政府が守り通したので、廈門との間に事実上の国境線ができました。

台湾の旗

とはいえ今は両政府の関係も改善しており、廈門と金門島を結ぶフェリーも就航しています。また日本のパスポートがあれば中華人民共和国にも台湾(中華民国)にもビザ無しで入国できるので、渡航の心配は要りません。

それでは島に上陸しましょう。まず目に入るのは至る所に大書してあるスローガンです。

「三民主義統一中国」

「解救大陸同胞」

など内戦時代の雰囲気がそのまま残っています。

内戦をより深く体験したいなら島の北端にある馬山観測所がお勧めです。中国大陸に一番近い場所にあり、もとは「敵情」を視察するための施設でした。現在は一般開放されており、日本ではなかなか見られない軍事施設の内部を見学できます。

もう一つのお勧めは島の西側にある中華民国福建省政府です。省政府とは名ばかりで、実際には台湾側が実効支配している金門県と連江県しか管轄しておらず、しかもそれぞれの県政府が実際の業務を行っているため省政府は象徴としての存在に過ぎません。

省政府は海の近くに建っており、肉眼で対岸廈門市の市街地に建つ高層ビルが見えます。対岸に近いので当然かつてこの地は軍事要塞でした。事実上停戦した現在では雄獅堡という要塞が保存され、一般開放されています。対岸に向けた大砲がそのまま残っています。台北に避難していた福建省政府も実質停戦後の1998年にこの地に再建され、実務機能は無いものの平和の象徴のような役割を果たしています。

また金門島が軍事上の要衝となったのは近代の話ではなく、古くは清朝の時代にも軍の駐屯地がありました。この「金門鎮総兵署」は現在も残っており、福建、台湾地区で唯一現存する清朝軍事遺跡だそうです。

小さな島なのに歴史上の超重要拠点である金門島。あなたも一度訪れてみてはいかがでしょうか。

金門島②―軍事化が生んだ思わぬ特産品「お酒」と「包丁」

前編では金門島がいかに重要であったかをお話ししました。軍事拠点というと何やら怖いイメージですが、実はこの軍事化が思わぬ効果を生み、他地域には無い特産品を作り出しています。後編では金門島の名物をご紹介します。

毛沢東

金門島一番の名産品はなんと言ってもお酒です。孤島で敵軍の砲撃にさらされて、となればお酒でも飲まないとやっていられませんね。金門島は中国南部では珍しい高粱(コーリャン)酒の産地です。

高粱とはモロコシのことで、主に乾燥、寒冷、広大な土地の中国北方で栽培されています。温暖多雨で土地の狭い南方は稲作が主なのですが、ここ金門島は降水量が少なく稲作には不向きな土地です。そこで代わりに高粱を栽培しています。そして中国北方から撤退してきた兵士がこの高粱を使って蒸留酒を作り始めました。これが昨年の中台首脳会談でも供されたと言われる金門高粱酒です。

さて気になるお味ですが、強いです。とにかく強いです。一般的な金門高粱酒はアルコール58度。日本の焼酎より遥かに高いですね。それでも強烈なアルコールの中にすっきり爽やかな高粱の風味が広がり、とても気持ちの良い飲み心地です。

現地人から見れば邪道ですが、ロック、水割り、お湯割り、さらにはグァバなど現地の果物ジュースで割っても美味しくいただけます。日本人だから邪道でも良いんです。

ちなみに国の政策で離島はあらゆる商品が免税なので上質な高粱酒が安く手に入ります。酒税のかからない酒どころ。なんと魅力的な島でしょう。

もう一つの名産品が包丁です。島で生産されている包丁、金門菜刀にも数奇な歴史が秘められています。包丁

中国の内戦が一段落したころ、最高指導者毛沢東は全国の人民に鉄鋼を生産するよう号令を出します。これがいわゆる大躍進政策です。1958年から約三年で1100万トンもの鉄を生産しました。

同じ時期の1958年八月に毛沢東は金門島を支配すべく砲撃を始めます。ところがこの砲戦は長期化し、中国軍は人民が生産した鉄を使ってなんと二十年間も大砲を撃ち続けました。

しかし金門島住民も逃げ惑うばかりではありません。毎回の砲撃が終わると翌日にその砲弾を拾い、打ち直して包丁に仕立て上げたのです。これが金門包丁の起こりです。この包丁には戦火に晒されながらも逞しく生きる金門島住民の魂が宿っているのです。現在では島の特産品として包丁やハサミなど様々な刃物を売り出しています。中国人民の血と汗と、金門島民の熱意がこもった金門包丁、お土産に一本持って帰ってはいかがでしょうか。もちろんこちらも免税です。

このほか中国では珍しいブランド肉の金門牛など、金門島は他には無い名産品の宝庫です。ぜひご自身の目で、舌で、金門島独特の歴史と風土を体感してください。

汕頭(スワトウ)―広東と福建の狭間で独自の料理文化を誇る街

皆さん中華料理は好きですか。餃子、拉麺、春巻き、焼売、麻婆豆腐…想像しただけで涎が出てくると思います。

みんな大好き中華料理ですが、地方によって全然違うということは日本でも有名ですね。広東料理や四川料理は日本にも多々あるので、たまにはちょっと変わった中華を食べてみませんか?

そこで今回は広東と福建の狭間で独自の料理文化を誇る街汕頭(スワトウ)をご紹介します。

汕頭と隣の潮州を合わせて潮汕地区と呼び、地理的には広東省に属すものの言語など文化的にはお隣福建省の閩南(ビンナン)文化圏に属しています。また潮汕地区は東南アジアとの交流も盛んなので、広東、福建、タイ、マレーシアなどの料理文化が融合して独自の潮汕料理が生まれたのです。

中華料理

 

では汕頭食べ歩きの旅を始めましょう。一番のお勧めは牛肉丸麵です。

牛肉丸麺

その名の通り牛肉の肉団子が入った麺料理です。弾力のあるジューシーな肉団子がごろごろ入っており、塩ベースのスープも体に良さそうな味で最後まで美味しくいただけます。汕頭駅前の宿に泊まった時に店主が作ってくれたのですが、あまりに美味しかったため翌日街中でもう一回食べたほどです。汕頭名物だけに町中至る所にあります。

麺料理からもう一つ、クエティアオもお勧めです。漢字では粿條(米へんに果)と書き、米粉で作った平たい麺です。牛肉丸麵と同じようなスープ麺もありますが、エビと卵を使った豪快な焼きそばタイプも絶品です。

またクエティアオをワンタン状に切った物をクエチアップ(粿汁)と呼び、こちらは胡椒の効いたスープで食べるのが主流のようです。クエティアオはタイやマレーシアでもよく見かけますが、これらは全て潮汕地区出身の華僑が現地に持ち込んだもので、こちらが本家本元です。

ご飯ものもあります。潮汕地区には天津甘栗を入れた炒飯があり、板栗炒飯と呼びます。ちょっと意外な組み合わせですが、中華風栗ご飯と言えばイメージしやすいでしょうか。汕頭では立冬の日(十一月初め)にこの板栗炒飯を食べる習慣があるそうです。ホクホクアツアツの栗はここ汕頭でも秋の味覚なのですね。もちろん立冬以外の季節でも街中の食堂で食べられます。

また汕頭は海辺の街なので海鮮料理も豊富です。中でも牡蠣を使った多彩な料理が有名です。小粒の牡蠣を猛烈な火力で焼き上げた卵焼き、蠔烙(オーロッ)はいかにも汕頭らしい一品です。

オイスター

そのまま食べても牡蠣の風味が効いていて美味しいのですが、この地方では沙茶(サテ)と呼ばれるインドネシアから伝わったピーナッツ風味のソースをかけてもまた違った味を楽しめます。蠔烙に似ていますが片栗粉でとろみをつけて卵とじにした蠔爽(オーソアン)もご飯が進む最高のおかずです。

無限のバリエーションを誇る中華料理。あなたも汕頭で中国四千年の伝統の一端に触れてみてはいかがでしょうか。

広州―学生街で本場・広東料理を格安でいただこう!

日本でも有名な広東料理は高級なものだと目玉が飛び出そうな価格になります。

ふかひれしかし本場の人間も毎日ふかひれスープを飲んでるわけではないはずです。ならば本場広州に行けば安くて美味しい本格広東料理があるのではないでしょうか。

あの大作家・魯迅先生も教鞭を執っていた大学の周辺グルメをご紹介します。


学生街のご飯というとどのようなものを想像しますか。安い、早い、そして量が多いという少々雑だけどとにかく満腹になれるものが多いと思います。

中国でも同じです。同じですがやはりそこは何よりも食を重視する中国、味も良くなければたとえ学生街の安食堂であっても生き残れません。

逆に言えば学生街に行けば美味しいご飯が安価で食べられるのです。そこで今回は食の都広東省広州市、国立中山大学周辺のご飯をご紹介します。

広州は中国大陸のほぼ南端に位置する広東省の省都で、香港からも近い位置にあります。日本でも四大中華料理の一つとして馴染み深い広東料理の説明は今更要らないでしょう。

ジャッキーチェンが食い逃げしようとして店主に怒られるシーンのあの料理です。思い浮かべただけでお腹が空いてきますね。

そんな広東料理を安く食べられる国立中山大学は中国ではとても歴史のある名門大学です。あの大作家・魯迅先生もかつてここで教鞭を執っていたそうです。

地下鉄やバスで中山大学に着いたらまずは一番外側にある北門をご覧ください。正体字(旧字体)で大きく「國立中山大學」と書かれています。

名門校の威厳を感じさせる大きな門です。ちなみに中国では国立大学は多々あるものの名前に国立を冠しているのはここ中山大学と武漢大学だけだそうです。中華民国の痕跡が学校名に残っているのです。

国立中山大学

それでは本題の美食を探しましょう。

北門を出て左にまっすぐ行くと田園拉腸という食堂があります。拉腸とは米粉を薄く延ばして蒸した生地で具材を巻いたもので、広州の代表的な料理です。

生春巻きに似た料理なのですが、拉腸は皮が分厚いため弾力が極めて強く、通常は予め切って出てきます。

中の具は牛肉やエビなど多数ありますが、広東料理らしい叉焼がお勧めです。こってりした甘辛いタレもまた食欲をそそります。

拉腸は日本の広東料理屋ではなかなか見かけない隠れた名物と言えるでしょう。お値段は15元(270円)ほど。

お次は艇仔粥です。いわゆる中華粥、広東粥ですが本場広州のものは様々な具がゴロゴロ入っておりお粥なのにとてもボリュームがあります。

具は肉や魚、叉焼、豆、油條(中国風揚げパン)などで、これらとご飯を中華風スープで長時間煮立てた艇仔粥はお粥の完成形と言えるでしょう。

先ほどの田園拉腸でも食べられますが北門を出て右側にも数件艇仔粥を出す食堂があります。お値段は大体20元(360円)前後。

中山大学周辺にはこの他にも焼きたての叉焼などをこれでもかと載せた豪快なぶっかけ飯類や体に優しい薄味の中華スープ麺、さらにはミルクティーやマンゴースムージーといった冷たくて甘い飲み物など、とても抗えない誘惑に満ち溢れています。

かんとん

本格広東料理を毎日食べられる学生生活なんて羨ましいと思いませんか?皆さんもぜひ広州の中山大学を訪れて食の都の底力を実感してください。