南京―孫権から孫文まで、歴史上の大スター勢揃いの街

中国は歴史上何度も王朝が変わっており、その度に都も変わっています。では歴史上王朝の都になった回数が一番多い街はどこでしょうか。

答えは南京です。南京は十国の都と呼ばれるように、三国志の呉や洪武帝の明朝、さらには太平天国や中華民国など数々の支配者が君臨した街なのです。

南京 ではそんな南京で古代から近代まで中国の歴史を一度に体感してみましょう。

まずは中国の歴史をおさらいするために南京博物院を参観しましょう。南京博物院は北京の故宮博物院と並ぶ巨大博物館ですが、国立なので参観は無料です。

大中華帝国は地大物博の国、という面子は今も根強く残っています。そもそも南京博物院が建てられたのも、ここ南京を首都とする中華民国がその威厳と正統性を誇示するためです。

そのため収蔵品は本当に豪華絢爛です。歴代王朝の高官の衣装などは華やかで見ているだけで楽しくなります。三国時代の遺物から日中戦争の遺品まで、日本人が興味を持ちそうな品物が全て揃っています。

また南京博物院の建物自体も明朝のもので、漢民族王朝の威風を今に残しています。さらに南京博物院がある公園の入り口の門は中山門といい、歴史の教科書に出てくる日本軍南京入城の写真の場所だそうです。展示物だけでなく、場所自体が歴史の生き証人なのです。

さて歴史の復習も済んだので都を巡ってみましょう。先ほどの博物院からほど近いところに明故宮公園があります。

明故宮とは明朝の宮殿跡のことです。残念ながら宮殿そのものは消失していますが土台が残っており、宮殿の間取りが詳しく記されているので当時の皇帝の生活を垣間見ることができます。

南京

また現在は公園として整備されているので市民の憩いの場になっており、近所のご老人が凧を揚げたり独楽を回したりしています。こういった遊びを正月ではなく普通の日に、また子どもではなく老人が行っているのも中国らしい風景ですね。

お次は中山陵です。これは中国で国府として崇められている孫中山、すなわち孫文のお墓です。小高い丘の上に石造りの巨大なお堂がそびえ立ち、正に南京の象徴と言える存在です。

孫文は数千年に及ぶ皇帝による支配体制を終わらせ、近代的な国民国家である中華民国を打ち立てた功績で知られています。

その孫文が自ら制定した首都南京で、皮肉なことですが、まるで皇帝のように祀られています。

墓に入ったら墓標の裏側に注目してください。通常墓標の裏には生前の輝かしい功績を書き並べるものですが、孫文の墓標には何も書かれていません。

伝説によると墓標製作を依頼された石工は、孫文の功績があまりにも偉大すぎるので書き表すことができず、空白のまま残すことにしたそうです。空白であることにも意味があるのです。

またお堂の入り口には孫文の言葉が刻まれています。三つに別れた入り口にそれぞれ民族、民権、民生とあります。

これは中華民族、国民主権、国民の生活の三つを最重視する孫文の三民主義の精神です。お堂の上に書かれている天下為公という言葉は孫文が礼記から引用したもので、天下は公民のためにある、という意味です。

孫文の思想はその後の中国の指導者全ての指針となっています。

古代から近代まで数多くの人物が夢見た都、南京。あなたも皇帝になった気分で都入りを果たしましょう。