泉州―中国発アラブ行き。「海のシルクロード」の起点

ディズニー映画でもおなじみ、アラジンの出身地はどこでしょう。答えは中国です。アラビアンナイトの原作には中国で母親と暮らしていた貧しい青年とはっきり書かれています。
つまり中国からアラブ世界へと旅立つ物語だったのです。そこで今回は中国とアラブをつなぐ街、泉州をご紹介します。

アラジン

泉州は福建省の真ん中、台湾のちょうど向かい側にある港町です。中国と西域を結ぶルートといえば西安や敦煌を通るシルクロードが有名ですが、泉州はマラッカ海峡を通ってインドやアラブ諸国に通じる海のシルクロードの起点です。

それでは泉州でアラブの面影を探しましょう。まずは街中にある清淨寺に向かいます。いかにも歴史のあるお寺という名前ですが、実は清淨寺は中国最初のイスラム寺院、モスクです。
西暦1009年にインドやアラブから来た商人が建立した立派なイスラム建築です。中国初のモスクはもちろん東アジア初のモスクですが、イスラム教はラクダに乗ってではなく海を渡って東アジアに伝来したことになりますね。
ちなみに日本初のモスクは二十世紀建立の神戸ムスリムモスクだそうです。中国は日本より千年近くも早くイスラム世界と交流していたのです。

さてその清淨寺、建物自体も美しいのですが細かい部分も見ものです。正門の上にはアラビア語で、

「アラーの名の下に」

と書いてありモスクらしさを演出していますが、部屋の中には中国語で

「認主獨一」

と書かれた額もあります。主をただ一人と認めよ、つまり

「アラーの他に神は無し」

というイスラム教徒にとって大事な言葉の中国語訳です。また境内には明の永楽帝が出した信仰の自由を保障する勅令を刻んだ石碑も残っています。意外と寛容だったんですね。

清淨寺は古跡として一般開放されていますが、すぐ隣にはちょうど千年後の2009年にオマーン政府が出資して建立された現役のモスクもあります。イスラム教は泉州の地にしっかり根付いているのです。

もう一つ泉州でイスラムを感じられる場所として海外交通史博物館があります。名前の通り中国と海外の交流をテーマにした博物館です。

中国における船舶の発展史を模型で展示しておりとても見応えがあります。中でも特に注目すべきは鄭和の艦隊です。
明の永楽帝は鄭和を隊長とする大艦隊を東南アジアやインド、アラブ、果てはアフリカのケニアにまで派遣して交易を行っていました。
この鄭和艦隊もここ泉州から世界各地へと旅立ったのです。当時は西洋諸国がアフリカのことを暗黒大陸などと呼んでいた時代です。
なぜ鄭和にだけこのような大航海ができたのでしょう。それは鄭和がイスラム教徒だからです。泉州を出発してマラッカ、インド、ペルシャ、アラブとイスラム教圏を渡り歩いて旅を続けたのです。
ここ海外交通史博物館にはそんな鄭和の艦船と足跡が詳しく紹介されています。

また併設されているイスラム文化陳列館では中東から泉州を通して伝来した文物が紹介されています。入り口にはイブンバットゥータの像があります。
イブンバットゥータはモロッコ出身の冒険家で、1345年にここ泉州を訪れたとされています。

中国人の鄭和がケニアへ、モロッコ人のイブンバットゥータが中国へ、こうした壮大な旅ができたのはイスラム教という共通文化とアラビア語という共通言語が一つの世界を築き上げたからなのです。

イブン
そしてここ泉州は中国、東アジアからイスラム世界へ飛び込む入り口です。あなたもこの街を訪れて新しい世界a whole new worldを冒険してみませんか。驚きと感動が待っているはずです。